▲なにか、久しぶりに「ソニーらしい言葉」を聞いた感じがする。
どうやら、やっとのことで、ソニーも体力が幾分回復したのだろう。
なんというかなぁ。もう出井さん、ストリンガーさんのような人間をトップに据えるてなことをやめよ。
一体、どれだけの人間を斬らざるを得なくなったんだ?
まず、出井さんの話から。
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連載、犬型ロボットのAIBOや二足歩行型ロボットのQRIOの開発を手掛けた土井利忠氏。
AIBOやQRIOの開発が始まった経緯からロボット事業撤退の舞台裏、陥っていた病理の分析を語る。
お話を聞いていると、出井さんとの確執は根深そうです。
土井氏:『マネジメント革命』という本があって、中でダメな上司の典型例を紹介。
一つに、「改革かぶれマネジメント」というのがある。これは出井さんをモデルに書いた。
「改革のヒーローになりたい」と行動をしてしまう。新しくしなければいけないというプレッシャーから、従来のソニーの良い部分まで全部破壊してしまった。
厄介なのは、自分に価値観があって新しいやり方を導入するのではなく、「ヒーローになりたい」という動機だから、掛け声倒れでうまくいかない。
出井さんがソニーのトップだった時代に、進言できる人は、誰もいなかったのか。
土井:その頃、ソニーの経営に近いところにいたから事実を述べる。
出井さんは改革のヒーローになりたかった。だから周りをイエスマンと三流エンジニアで固めるようになった。これがソニーショックに突っ走る契機になった。
昔のソニーは、上司の言うことを聞かなかったり、隠れてやりたいことをやったりするような奇人変人や、信念を持って自分が正しいと考えるモノを開発する侍のようなエンジニアがたくさんいた。
でも三流エンジニアや事務方が周りを固めると、一流エンジニアは日の目を見なくなる。
そういう状況が見られるようになった。
一方、出井さんが重視したのは外部のコンサルティング会社。ものすごい金額のコンサル料を払っていた。
出井さんが支払っていたコンサル料は、CEOを退く2005年頃に年3000万円になっていた。
僕がコンサル料を決済していた。
最後は社内の圧力が強くなって、子会社で落としたくらいだから。
土井:僕もレポートに目を通していた。でも、どれもひどいものばかりで。
ソニーの社内に未来を正確に予測できる人材がいたのに、それを信用せずに、外部のコンサルの三流レポートを信じてしまったのが出井さん。
出井さんが好きだった「ネット時代が到来する」話も、ジョージ・ギルダーの話が中心で、学者の受け売り。
私やエンジニアは、ギルダーの話や著作は、英語の原文で読んもう知っている話。
しかも原文を読んでいるので、本質までつかめている。
そんな状況なのにソニーの会議では、出井さんがギルダーの話を自慢げにする。
「お前ら、ネット社会になっていく」と。エンジニアは「常識で、
もう知ってる」で興ざめだった。
出井さんはそれが
ソニーを改革するための、正しい道だと勘違いしてしまった。
その頃からソニーの社内がおかしくなっていって。出井さんのネット熱は下がらなかった。
事業本部をネットワークカンパニーと呼んでモノ作りから脱皮しようとした。
モノ作りを破壊したんだ。
出井さんは本当にコンサルのレポートの話を信じていたんだろね。
ソニー社内にネットワークに詳しい人はいたのに、そういう人の話は聞かなかった。
なのに、自分の周辺の三流エンジニアの言葉ばかり聞いて、ソニーをおかしな方向に導いてしまった。
――そして2003年4月のソニーショックを迎える、と。
土井:ソニーの社内がおかしくなっていたのかを象徴するのは、心理カウンセリングの話。
ソニーショックは2003年4月。2年前に、ソニー人事部の心理カウンセラーが相談に来た。
その時彼女は、「社内でうつ病の社員がものすごい勢いで増えて大変なことになっている」と。
従来のソニーには不慣れな合理主義経営を取り入れたもんだから、2001年頃からうつ病社員が増えた。
出井さんをカウンセリングして、雰囲気を変えられないか、と。
さすがに、売上高数兆円の経営トップを、心理カウンセリングするというのも異常な話だ。
出井さんから「俺の言うことを聞け」というプレッシャーが、部下にはものすごかったんだ。
でも経営トップの言う通りにしても、実際のビジネスがうまくいかない。
そういう状況で、責任を抱える人がうつ病になっていってしまった。
出井さんがそういう圧力を部下にかけていた根源には、きっといろいろな劣等感があったんだと推察。
こういう自己顕示欲は、劣等感の裏返しなんだ。
自己顕示欲を緩和するようなカウンセリングが必要だったんだ。
--ここまで--
土井さんの指摘は当たっているだろうな。
出井さんは、文系故に、理系の人間からばかにされたくない—とつっぱっていたのだろう。
今度は、久夛良木さんの話をみてみよう。
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2013/03/11(月)
日本の電機産業の競争力が失われ、雇用不安が高まっている。
社会や文化に大きな変化をもたらすイノベーションを起こせなくなり、海外メーカーの攻勢に
押されたからだ。なぜそうなったのか――。
世界を席巻したソニーのプレイステーションの「生みの親」として知られる久多良木健氏に聞いた。
――日本の電機産業になぜイノベーションが起きにくくなったのでしょう。
「ソニーに入社して最初の10年間は、ホントに好きなことがやれた。
ブラウン管テレビ全盛の時代だったが、
平面テレビがやりたくて、当時は金より高かった液晶素材を買って小さな液晶テレビを試作した。
これが入社1年目。勝手にやらせてくれた。そのあと世界最初の電子カメラの開発にかかわった。
それが4年目だった」
――自由に研究できたのですね。
「もう毎日が楽しい。会社が大学の研究室の延長のような感じで。風呂と着替えで家に帰るぐらいだった。
ところが、ある日『おや』と思うことがあって。それが入社して10年経ったころのことだった」
――いったい何が?
「新しいフロッピーの技術を考えて学会で発表し、他社に呼びかけて規格化しようとしたら、急に
『やめたら』と圧力がかかった。
聞けば、別チームが同じようなことに取り組んでいて大型商談中だった。
私がやっていたのは、それよりもっと先進的な技術で……」
「その後も、他社のゲーム機用にデジタル音源を開発していたら、またまた横やりが入った。
複数の部門から『敵に塩を送るとは何事か』と」
――社内で芽をつぶしてしまう?
「研究開発している人間は5年先、10年先を見ようとするものだが、会社は春モデルと秋モデルとか、
目先のことしか見ようとしない。
長期のロードマップ(工程表)を考えられる人、大きな流れを見通すことができる人が少ない。
そこがアップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏やアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏との大きな違いだ」
--ここまで--
技術者の視点と経営者の視点とは当然違おう。
まぁ、出井さん、ストリンガーさんという「足をひっぱる経営者」の後、今の平井さんがトップとなっている。
そして、表題のセリフだ。
--ここから--
ソニーは2000年代に撤退した家庭用のロボット事業に再参入する方針だ。
東芝など他メーカーが家電事業の売却や縮小を進める中、ソニーはゲームや
オーディオ、ロボット事業を含むエレクトロニクス(電機)事業を強化し、
ブランド力の再興を目指す考えだ。
平井一夫社長は、エレクトロニクス部門について、
「既存の商品を進化させるだけでなく今までにない新しい分野の商品を生み出す。
人に見せびらかしたくなる、感性に訴えるものがソニーらしさだ」と述べた。
ソニーは1999年、犬型ロボット「AIBO」を発売し、家庭用ロボット市場を
開拓した。
しかし、テレビ事業など会社全体の業績悪化を受けてロボット事業から
撤退した。
--ここまで--
冒頭で、ふれた。
多少でも体力が回復したところでのロボット再参入であろう。
ぜひ、頑張って欲しいと思う。