▲もう、国でも制御できないようなモンスター市民か。
長年、採用した反日政策がとんでもないモンスター市民をつくってしまったということか。
それは韓国政府の、韓国のメディアの責任であろう。
どこまでもどこまでも、恨みと怨嗟の目で日本を見続け、もう、正常な感覚を取り戻すことさえ難しいところまできているようだ。
でも、それは日本人には関係ない。
韓国の政府の責任であり、収拾すべきことであろう。
もう、韓国政府がちょいと日本と同意したとなると、親日的行為だとして批判されるということなのだな。
笑ってしまう。
衆愚政治というものは、先の見通しなんてなんの関係もないのだな。
2014年までは、なんとか日本国内で戦後レジームが機能していて、日本人を新聞テレビなどで、なんとか洗脳し、世論誘導できた。
そのことで、なんとか韓国からの一方的な敵視政策でも、日本から韓国へ向けての嫌韓というものが表面化しなかったのだな。
ところが、戦後レジームが崩壊すると、韓国側のモンスター市民からの日本人への敵視ぶりと、日本から韓国へ向けての嫌韓が真正面からぶっつかってしまった。
それにより、日本人の嫌韓、韓国人から日本への敵視 というもので、にっちもさっちもいかなくなったのだ。
はっきり言ってこれはもう、修復不可能だな。
韓国は半世紀以上も、日本人敵視政策をとっているのだぞ。
日本人も、戦後半世紀以上も日本にいる朝鮮系洗脳工作員達から洗脳工作を受け続けてきた—という腹立たしさから簡単には解放されない。
もう、いいではないか。お互いに嫌いなのだから。
100年くらい、互いにそっぽを向いていればいいこと。
以下、新聞から抜粋。
2015年6月23日、韓国・東亜日報によると、東京と韓国ソウルで開かれた日韓国交正常化50周年記念行事で、
壇上に登場したハングルのびょうぶは、50年前の日韓基本条約締結の
署名式場にあった記念品である。
ソウルでの行事を主催した駐韓日本大使館関係者によると、
「50周年の行事を前に意義のある品を探していたところ、
大使館にびょうぶが保管されていることが分かり、レセプションに出した」という。
このびょうぶの対となる1隻は在日韓国大使館に保管されており、東京の記念行事に登場した。
朝鮮王朝時代の文人による歌「星山別曲」が書かれたこのびょうぶは、
1965年に東京の首相官邸で開かれた日韓基本条約の署名式に登場。
その後、半分ずつ保管されてきた、友好の象徴する品とも言える。
これについて、韓国のネットユーザーからはさまざまなコメントが寄せられている。
「50年前の恥辱的な日韓協定を称賛しようということか?ふざけてる」
「李明博、朴槿恵政権のやることは、独裁、反民主主義時代と変わらない」
「これでは、日韓の過去の歴史の清算なんてできるわけがない」
「日本の流れにのまれて行く。政治家はちゃんとしろ」
「興味ない。これで慰安婦のおばあさんたちの恨みは晴れない」
「過去に回帰しつつある韓国号」
「他の国はみんな前に進むのに、韓国だけが逆行しているようだ」
「汚い日本人たちは、このびょうぶで韓国国民をからかってるのか?」
「6月22日は、一方では屈辱の日」
「日本は、忘れられた日韓の条約をもう一度取り上げたいってことだな。すべての被害賠償は、あの日、あの席で終わったと言いたいんだ」
▲補足、感想など
そう、1945年までの日本と朝鮮半島との間のいざこざ一切合切がすべて完全に解決済となった。1965年の日韓基本条約で--。
日本はいまさら、韓国人から記事にあるようなことを言われる筋合いはない。
もし、1945年までの日本とのアレコレに不満があるなら、日本の地位を継承した韓国政府へ言えばいいこと。
不満をいっていく先は、日本ではない、韓国政府だ。
そして、その理屈が理解できないというなら、それはもう、トコトン韓国政府が説明して納得させるべきだろうな。
日本人にはもうなんの関係もない。
謝罪? 賠償? なにそれ、美味しいのか?